自分を生きれば人生は最高に面白い
— 自分を生きることの本質と自分を知ることの大切さ① —

突然ですがこんな経験ありませんか?

ある日、あなたは自分の仕事や人生をより良く進めたいと思い、何か良い答えはないかと本屋に入りました。
仕事術や人生論といったテーマを扱うコーナーを眺めていると、ふと目に入ってきた本にこう書かれていました。

「仕事も人生も、きちんと目標を持って計画に沿って実行すべし」

横に目を移すと他にも気になる本がありました。
手に取って読んでみると、その本にはこう書いてありました。

「目標や計画なんて必要ない。目の前の事に全力でぶつかればいい。」

 

 

 

一体どっちが正解なんだ?!

気になったので両方とも読んでみましたが、どちらの本に書かれていることも確かに正しそうでした。
どちらが正しいか判断がつかなかったので、答えを探そうとネットで検索してみました。
すると、そこにはもっとたくさんの色々な意見が出てきました。

「計画は必要ないけど、目標は必要」だとか

「計画は立てるだけ立てて、その計画を超えていけ」だとか

「一周回って気付いたけど、必要なのは情熱だけだった」だとか

そこには方法論から精神論までありとあらゆる意見がごった返していました。

多種多様なこの世の中に唯一正しいやり方はない
あるのは自分に合ったやり方だけ

そうなんです。

もうお気づきの方もいらっしゃると思いますが、この世の中に唯一正しい方法なんてないのです。
世の中は多様性で溢れていて人の数だけのやり方と正解があるんです。

先ほどの例に挙げた本やネットに書かれていることは、
その人の経験によって築き上げられたその人にとって正しい方法なのです。

もちろん、その中にはあなたに合うものもあるでしょう。
多くの人にとって共通して合うものもあると思います。
ある部分は合うけれどある部分は合わないというのもあると思います。

けれど、「皆にとって100%正しい方法」というのはないのです。
もしこの世の中に正しいやり方があるとしたら、それは、

自分にとって正しいか
自分に合っているかどうか

ということだけなのです。

みんな違うから面白い

いやいや、正解は必ずあるはずだ
と思われた方は、この世界の面白さにまだ気づけていないのかもしれません。

もし、人がみんなロボットみたいに全く同じことができて、
全く同じパターンで動いて、性格まで全く同じだったらどう思いますか?

なんだか気持ち悪いですよね。

この気持ち悪いという感覚があるということは、
「みんなが違う」ということを無意識の内に理解しているから。

「みんなが違う」のが当然だと知っているから
「みんなが全く同じ」ということに違和感を感じるのです。

みんなが同じリクルートスーツを着て同じ会場に集まって就活をする様子とか
みんなが同じ様にスマホをいじっている電車内での風景とか

何だか異様な感じがしたり、不気味さを感じたり、何かしらの違和感を覚えませんか?

何種類もの色と陰影濃淡によって描かれた絵画が色鮮やかなように
いくつもの食材によって作られた食事が味の変化を楽しめるように

「違い」があるからこの世界に彩りが生まれ
「違い」があるから飽きることのない変化が生まれ続けるのです

誰一人として同じ人間はいない。
だからこそこの世界は面白いのです。

(「違い」があるから◯△◽︎ ←に入る言葉をぜひ自分で考えてみてください。)

さて、この面白さに気づけた人は人生をめちゃくちゃ楽しんでいます。

なぜかって?

それは、

自分を生きれば上手くいく

ということを知ってるから。

誰一人として同じ人間はいないのだから
自分には自分のやり方、生き方がある

ということに気づいているのです。

そこに気づくと

「自分のやり方、生き方で生きる」ことが

すなわち

「自分を生きる」ことが

人生を上手く進めていく最良の方法である

ということにも気づくと思います。

これに気づいて、世間の常識や周りからのプレッシャーにも屈せず
自分を貫いて、自分を生きている人はいつまでも輝き続けています。

きっとあなたの周りにもそんな人がいるはずです。
もし、周りに見当たらなくてもテレビやネットで探せば
「自分を生きて人生をめちゃくちゃ楽しんでいる人」は必ずいます。

そうであっても自分を生きる、自分を貫くのに抵抗がある

その気持ち、分かります。

特に日本では集団の和を重んじる文化がありますし、ほとんどの人が和を乱さないように幼少期から教えられてきています。

「自分を出す」ことは和を乱すことになるから抵抗があるというのは、ごく自然なことだと思います。

でも、ここで言う「自分を生きる」と「自分を出す」というのはちょっと違います。

「自分を生きる」は「自分らしさを発揮する」
「自分を出す」は「我を通す」

と考えれば分かりやすいでしょうか。

とある演劇の舞台を作ることで例えてみましょう。

舞台で演じられる物語には必ず主役と脇役がいます。

私たちはどうしても主役というものに目を奪われてしまい勝ちですが、
脇役の存在がないとその物語は成り立ちません。

良い舞台であればあるほど、良い脇役が主役を引き立てて舞台を盛り上げます。

もっといえば、監督、演出、衣装、照明、メイク…など、
いわゆる裏方がいないと舞台そのものを立ち上げることもできません。

同じ舞台を作るという事柄をとっても、たくさんの役割があり、
どれも欠かすことのできない重要な役目なのです。

そして、舞台を作るということに携わりたいと思った時に、

自分がどのポジションなら本領発揮ができるか、
自分らしさを活かすことができるかという観点で
そのポジションに手を挙げて参画する。

これが「自分を生きる」ということです。

Note:

逆に、「自分らしさ」を考えもせずに、やるからには主役をやりたい、とにかくトップに立ってみたいという理由だけで主役を主張するのは「我を通す」ということになります。

もちろん、自分らしさを発揮するのが主役であれば、それに手を挙げることもそれを目指すことも「自分を生きる」ことになります。

Note:

ここで大事なのは、

この選択は我慢ではなく自分の意志で(意識的に)選んだ選択

だということです。
「自分はこうだ、だからこれを選ぶんだ」という感じですね。

自分の意志に反しての選択は「自分を生きる」ことにはなりません。

「自分を生きる」とは真の意味で和を尊ぶこと

これまで、私たちは集団としてまとまるためには自分を抑えることも必要と思わされてきました。

周囲の意見に耳を傾け、視線を感じ取り、親や教師や上司など“上”の意向を汲み取る。
そのようにしてきた結果、

主役タイプの人が脇役を甘んじて受け入れていたり
そうかと思えば大道具やメイクの人までもが主役を目指すように指示されたりしています。

ちょっと立ち止まって一歩引いて考えれば、このおかしさに気づくと思います。

一方で、本当にうまくいっている集団や組織は、
個々がそれぞれの能力を最大限に活かしています。

人見知りだけど数字には人一倍強くて正確な計算ができる人に営業を任せることはしません。
体は小さくても瞬発力があって俊足が持ち味の人を4番バッターに置いたりしません。

もちろん、本人もそれを望んでいません。

適材が適所に自ら向かうことで、
最高の調和(バランス)を保ちながら
最高のパフォーマンスを発揮することができるのです。

本当の意味で和を尊ぶとは
他者を尊重し、自分を尊重し、互いの領域を侵さないということです。

決して誰かのために自分を犠牲にすることではありません。

そのためには、自分を知り、自分を認めること
自分は何ができて何ができなくて何をしたいのかをはっきりさせることが必要です。

そうすることで、自分の領域が見え、
自分の領域が見えることで他者の領域も見えてくるのです。

すると、他者の領域にわざわざ足を踏み入れることや
自分を活かさずに生きていくことが、
非常にもったいないことであると気づくと思います。

その上で

周囲の意見や視線に迎合するのではなく、
親や教師や上司の意向に服従するのではなく、
あくまで自分の意志で自分の道を選択していく。

これが本当の意味での「自分を生きる」ことであり、

「自分を生きる」ことは、
実は、最高に和を尊ぶことでもあるのです。

人生をスムーズに進めていく最大の秘訣

話を元に戻しましょう。

この世界には誰一人として同じ人はいません。
みんなが違うということは、
それぞれ自分にあった生き方があるということです。

自分のキャラクター(特徴)をしっかりおさえて、
自分にあった方法で、自分にあった生き方をしていくことが、

自分のためでもあり人のためでもあり、
人生をスムーズに進めていく最大の秘訣なのです。

自分を生きるために必要なこと

では、自分を生きるために何が必要なのか?

それは、まず自分を知ることです。
自分とは一体何者なのかをきちんと認識することです。

と言っても、そんなに大げさである必要はありません。
先ほども書いた通り、自分は何ができて何ができなくて何をしたいのかをはっきりさせること。
それだけで十分だと思います。

その方法はどんなものでも良いと思います。

人に聞いてみる
自分で自分に問いかけてみる
過去をさかのぼって分析してみる
性格診断テストのようなもので心理学的に分析してみる
DNA検査を受けてみる

世の中には自分を知るための色々な方法が存在します。
上記に挙げた方法はどれも有効な方法ですし、他の方法でもよいでしょう。
色々試してみて、自分がしっくりくる方法を採用すればよいと思います。

あ、もちろん、Numero Space の数秘メンタリングも最高におススメです。

その上で自分にあった方法を模索し自分を生きてみる

気を付けなくてはならないのは、

自分を知る作業を頭の中だけで完結させない

ということです。

お察しの通り、自分を知るというのはなかなか終わりの見えない作業です。
自分がどんな人間なのか、迷いだしたらキリがありません。

なぜなら、私たちは世間の常識や一般論、
平均的な事柄が判断基準となるように育てられてきたからです。

だから、頭の中だけで完結させようとすると迷いが生じます。

なので、自分という像が見えてきたら、
ひとまず自分というものを仮定して
試しに「自分を生きてみる」ことが大切です。

ちなみに、自分像が見えてきた時こそ色々な人の話(その人の生き方や考え方)
に耳を傾けるのも一つのポイントです。
「自分を生きる」上でも人の言葉はヒントになります。
人の言葉の中から自分に合う方法を模索し試してみることも良いと思います。

ガチッとハマるものとそうでないもの
やや当てはまるものと微妙に違うもの

試行錯誤しているうちに、少しずつ自分という輪郭がはっきりしてきます。

そうやって、頭の中だけでの自分像であったものを、
体験を積み重ねていくことによって確固としたものにしていく。

こうして自分を知る作業は完結していきます。

最初は勇気がいるかもしれませんが、
「これが自分だ」と仮定した自分をまずは生きてみてください。

未知の自分を体験することも自分を生きること

自分は一体どんな人間なんだろうと考えた時、
誰もが一度は過去の自分を参照すると思います。

人前でプレゼンするのが得意だけど一対一になると緊張するんだよなとか
文章を書くのが得意だけど論文みたいなマジメな文章は苦手だなとか
ハーブは好きだけどパクチーは苦手だなとか
自分は本当はモノづくりがしたいんだとか
自分は本当は家族の時間を大切にしたいんだとか

何が得意で何が苦手か、何が好きで何が嫌いか、自分は何がしたいのか

こうした認識は実は全て体験に紐づいています。

プレゼンをした時
文章を書いている時
パクチーを食べた時
モノづくりのワークショップに参加した時
休日に家族と平和な時間を過ごしている時

自分が実際に体験したことによって実感した自分像なのです。
既知の自分像ですね。

一方、分析などによって自分を客観的に見た時に、
自分自身もまだ気づけていない一面が出てくることもあります。

いわば未知の自分像です。

その時は「これって本当に自分なのかな?」と疑問に思うこともあると思いますが、
それはその一面をまだ自分が体験していないからです。

分析結果を見た時に自分にとって意外な一面があった場合、
それを実際に行動に移してみると
今の自分では気づけなかった才能に気づくことができます。

それは、自分がまだ小さい頃、色々なものに興味を持ってやってみた結果、
好きなもの、嫌いなもの、楽しいもの、怖いものが何かを理解していたのと同じことです。

人は、自分というものを体験することによって知っていくのです。

だから、未だ自分の知らない部分が分析によって表れたとしても、それを体験していくという行為も実は立派な「自分を生きる」ということなのです。

自分の知らない領域を知るという行為(それをやってみること、そのように行動をしてみること)は少し不安な部分もあるかもしれませんが、思い切って飛び込んでみてください。

きっと素晴らしい景色が見られると思います。

Note:

ちなみに、

「さっき、自分の特徴を理解して自分にあったポジションで自分ができることをやるのが良いって言ってなかったっけ?」

と思う方もいらっしゃるかもしれません。
もし誤解があれば解いておきたいのですが、その例でお伝えしたかったのは

「できることをやろう」ではなく、
「自分にあった生き方をしよう」です。

既知の自分だけが本当の自分とは限りません。
時には、未知の自分が既知の自分と真逆である場合もあります。

その場合は、抵抗や戸惑いも一層強いものになるかもしれませんが、ちょっとずつでも未知の自分と真摯に向き合うのをおススメします。

世界が広がって人生がより一層素晴らしいものに変わっていくはずです。

自分を生きれば人生は最高に面白い

こうして、自分を知り、自分を生き始めると自分の見ていた世界が少しずつ変わってくると思います。

これまで辛かったことも辛いだけではなくなり、そこに楽しさや希望を見出すことができるようになってきます。

誰一人として同じ人はいない
だから自分の人生を楽しもう

そう思えた時、人は「違い」を楽しむことができるようになります。

「違い」を楽しみ始めると、今まで以上にこの世界が彩りに溢れ変化に富んでいることに気付けるようになっていきます。

そして、その「違い」を楽しみ続けていると、その「違い」こそが人生を面白くさせているということに気付くはずです。

その頃には、他人の価値観や世間の常識を基準に生きていた頃よりも100倍人生が楽しくなっているはずです。

「自分を生きる」とは、「違いを楽しむ」ことでもあり、
「違い」を思う存分楽しむことで、人生は最高に面白いものになるのです。

 

さて、さらに掘り下げてお話をしていきたいのですが、だいぶ長くなってしまったので続きは次回にお預けしたいと思います。

次回は、さらに突き詰めて考えると「自分を生きる」とはどういうことか、そして、「自分を知る」ことの最も重要な側面についてお話をしていきます。

この話が腑に落ちて少しずつでも行動に移せれば、人生は自然と明るい方向に進んでいきます。
興味のある方はぜひ最後までお付き合いくださいませ。

(只今次の記事を作成中です)→作成が完了したらこちらからご確認頂けるようになります。

自分を知ることは人生のコンパスを持つこと

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Toshiya Kitadai
Written by Toshiya Kitadai

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